Preview−原罪−

 入室パスをご請求になられるか否かを判断されます際の参考資料として、ある意味で最も当サイトのカラーが色濃く出ている作品の一つ、『原罪』の第一部から、第一話を抜粋致しました。本作は氷室×主人公を一応の背景としておりますが、主人公は過去の人物としてしか登場しません。また本作は裏子世代編であり、そのためオリジナル要素が非常に濃いです(零一と益田さん以外は全てオリキャラと言っても過言ではないです)。こちらは性的描写といった意味での年齢制限があり、尚かつメインの題材がインモラルでもありますので…入室パスを請求するか否かの判断材料としてお役に立てて戴けましたら幸いです。



 『大きくなったら、パパのおよめさんになるの』

 もしも小さな子供が父親に対してこう言ったのであれば、それはあどけない子供の他愛のない夢物語で済まされていた事だろう。
 そんな彼女達も長ずるにつれて父親とは結婚できない事を知り、やがて何時かはどこかで自分自身の伴侶を見出して、そして親元を巣立っていく。
 けれど…もしその無邪気で残酷な夢が揺るがなかったとしたら、人は一体どうなるのだろう?



 まだ物心つかないうちに死んだ母親の記憶は一切なく、兄弟姉妹もない。
 勿論同年代の友人・知人がいない訳ではないが、彼らを恋愛の対象という視点で見た場合、彼女の目には物足りなさがどうしても先立ってしまう。
 最も身近な人である父親は、まず第一に自らが完璧である事を追い求める人であり、それが可能なだけの実力と精神力を持った人であり、けれど同時に不器用さと優しさとそして脆さを併せ持った人である事も自分は知っている。
 そんな父が、彼女は昔からずっと好きだった。昔も今も変わることなく…。
 いや、この感情は「好き」だといった言葉で片付けられるような生易しいものではない。
 彼女にとって、父親の存在こそが全てだった。


 だから彼女にとってその人以外の男は誰も特別な価値を持ち得ない。同級生や先輩・後輩から好きだと告白されて…といった状況はこれまでにも幾度かあったけれど。
 「ごめんなさい」
 それでも彼らの気持ちに応える術を持たない自分は、その事実をこうやって示すしかない。その目的のためにこういった言葉を使ったことも、一度や二度の話ではない。
 「誰か…好きな人がいるのかい?」
 すると相手の少年は、特に少女を責めるでもない口調で問いかける。ショックを受けていない筈はないだろうに…もし少女の心の中に住まう男がいるのなら、それが一体誰なのか知りたいと、そして出来ることなら陰ながら応援したいと言って。
 結論から言ってしまうとその答えは是。でも誰なのか、なんて言えはしない。声を大にして叫びたい衝動に駆られるけれども、それを口に出す事は絶対に許されなかった。
 何故ならその人は、どれだけ望んだとしても決して結ばれてはいけない相手だから。
 「…ここの生徒じゃ、ない」
 これ以上は訊かないで欲しいと、半ば祈るような気持ちで少女は震える手を固く握り締めて一言だけ、自分の秘めたる想いがいつか白日の下に晒されるのではないかといった恐怖と闘いながら、言葉を発した。
 思い詰めたような少女の表情に何を垣間見たのか、その少年はそのまま少女から遠ざかっていった。


 はばたき学園高等部の制服に身を包んだその少女は、愛らしい外見と、それを裏切る異様に大人びた雰囲気のどこか鋭い視線が不思議なコントラストを醸し出しているが、彼女が何者であるのかを知れば誰もがそれを納得するだろう。
 そんな彼女が今こうしてたった一人で恐怖に慄(おのの)いている様を、もし平素の彼女だけを知る者が目にしたならば、非常に驚かされる事となったに違いあるまい。ましてや一体何に戦慄を覚えているのかを知ったならば、おそらく天地がひっくり返るほどの衝撃を受ける事となったろう。
 彼女がこの学園に身を置いている本当の理由はただ一つ。少しでもその人の近くにいたい、一秒でも長くその人を見ていたい…ただそれだけ。ほんのささやかな願いではあるけれど、相手が相手であるだけにその願いを口にする事さえもままならなかった。

 中学生だった彼女が高等部への進学を希望する旨をその人に告げたとき、普通に考えても特に問題となる要素はないと思っていたが、 しかし彼は意外にも娘の高等部進学に反対していた。音大の付属にでも進学したほうがいいのではないか、と言って。
 そういった方面での才を認めていたのはその人だけではなくて…音楽教師までもが彼女にはピアノの才能があると言って音楽系への進学を勧めていた程だったが、しかし自分はそういった方面に進みたい訳じゃない事は、既にはっきりとしていた。確かにピアノを弾くことは好きだけれども、それを生活の糧としたい訳ではない。彼女にとってピアノは、その人と接点を持つための手段であって、それ以上でもそれ以下でもない。
 紆余曲折の末に高等部進学を許してくれた時には純粋に嬉しいと思っていたけれど、時間の経過とともに望みは次第に膨らんでいって…彼に対してそれを願うことがどれほどの背徳であるかなど、嫌と言うほど分かっている。遺伝学的に考えてみても、あまりにリスクが大きい事も。
 何しろ自分とその人とは、血の繋がりを───それも考えうる限りでは最も濃い、親子という名の繋がりを持っているのだから。

 それでも…あの人以外の誰をもそういった対象として見る事は、少女にはできなくなっていた。



Written by Mizuho Aikawa/2003-2008
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